NPOは市民会社かな

 最近もあいかわらず、忙しい毎日を過ごしている。英国の社会的企業の視察に10日ほど行ってきた。また、地域社会雇用創造事業の第2期に向けての多様な調整事にも関わっている。次から次へと事務的な問題も発生して、その解決に奔走している。

 

 まるで中小企業の経営者のような有様、立場である。こんな日々の活動内容を振り返ると、NPOは、やはり、間違いなく「民間企業」と同様の機能と組織体制を持ったものだと実感している。

 

 まさに、事務局長は、企業内での総務部長、専務的な立場であり、常に、資金調達や人事、会計、経理に配慮しなくてはならない、組織内の重要な調整・推進役だと思う。やはり最大の仕事は、組織の活動理念・目的を実現するための戦略の立案と、その活動を現実化させるための資金確保の役割である。

 

 昨今の国会での論戦を聞いていると「党利党略」に明け暮れ、本質的な国づくりのための市民目線の懸命な議論が不十分だと感ずる。議論の中味も、総論的、専門的、第三者的、世間話的な浮ついた稚拙な議論が多く、現実社会の緊急性の高い問題を迅速に解決していこうとする「覚悟や決意」が伝わってこない。

 

 全国各地の中心商店街には多くの空き店舗が当たり前のように存在し、中山間地の高齢化も進み山河の荒廃が悪化の一途を辿っている。また、福祉サービスの未整備性により在宅看護に苦しむ人々や介護流民が増加し、さらに、大学生や中高年の職場も少なく「希望なき社会」が拡大している。

 

 当然、国民は税金を支払っているとはいえ、この負担分が行政サービスとして、納税者に対して、的確・適切な公益的な社会サービスとして還元されているのか、疑問、不安に感ずる日本人は多いと思う。

 

 現在の国家・社会システムは、国民に対しての「増税と借金」でしか、国家経営を運営管理できない組織体制になり下がってしまっているといえる。日本が高度成長を始めた、昭和39年以降からの行政と政治への偏心的な国民の依存心と甘えが、この社会構造をつくってしまったといえる。

 

 今、政治体制は、民主党政権に変わった。国家・社会システムの果敢な劇的な変革を期待して、多くの国民は投票した。しかし今回、国会に提出された補正予算などの中味を吟味すると、「コンクリートから人へ」の期待は、見事に裏切られ、自民党時代と同様の巨額な公共事業の予算が計上されている。財政がひっ迫している中での税金の人間目線の根本的な使い方が、迷走を極めている証拠だと思う。

 

 以上、話が、少し大きくなつてしまったが、身近な地域社会での多様な問題を一体誰が解決してくれて、誰が、日常生活の安寧、安定、安心を保障してくれるのだろうか。自分たちの苦しみや不自由を、どこに訴えれば、問題は抜本的に解決するのだろうか。永遠に、この日常的な悩みが続くというのだろうか。

 

 こんな疑問を持っている市民は多いと思う。しかし、その解決方策を見つけることは困難を伴うのが、現実社会の常識である。私が、この20年近くにわたり、NPO・ボランティアの世界で頑張ってきたのは、この生活者や社会的弱者の現実的な悩みや不自由に対しての「答え探し」の活動といえる。

 

 やはり、政治や行政に対しての偏心的、一方的な依存心や甘えの意識は、多様な問題を解決していくための処方箋・解決策にはなりえないことを証明している。自分たちや地域内で発生した問題は、自分たちで主体的、自発的に解決することが、解決への「早道・現実的な手段」であることを実証している。

 

 そこで、行政や企業に代わっての新たな社会的サービスの担い手・提供者が、NPO・ボランティア・市民活動団体ではないかと考えている。確かに、この意識は全国各地に浸透し、現在、NPO法人は、4万団体近くに増加し、生活者に対して、きめの細かい人間的なサービスを提供し、社会的な評価も高くなってきている。

 

 しかし、総じて、その組織と活動の実態には、厳しいものがあり、残念だが、脆弱で零細な団体が大勢になっている。福祉や介護、環境保全、国際交流、スポーツ振興、防災・防犯活動など、多様な市民サービスを担い、多くの実績と成果を蓄積しているのに、運営上の実態は、「火の車、自転車操業」状態ではないだろうか。

 

 社会的に評価され、人々から喜ばれている仕事を、無償を原則として、献身的に、時間と資金、精神、能力、専門性を発揮して、「見返り無き奉仕・労働」をしている人々が報われない社会が存在しているとしたら社会システムの何かが歪んでいるのではないだろうか。

 

 NPOの税制の優遇制度の検討は進んでいることは承知しているが、こんな検討は末梢的な制度検討だと思う。社会的なサービスの担い手・提供者として、行政や企業以外にどんなセクターを位置づけ、定義づけるのかの社会システムのあり方の検討が欠落している。

 

 英国に学ぶように、NPOや社会的企業は、行政や企業と対等な社会的な役割を担う、「中間労働市場」として評価されている。そこには、市民の要望や需要に合わせて、多種多様な市民会社が創業され、会社の持続性と発展性を担保するための資金供給のシステムが準備されている。NPOは、女性や高齢者、若者の最大の職場となり、民間企業に近い給与を支払い、競争原理のもと、倒産の危険性を内在しながら、地域社会の活性化のために大きな役割を果たしている。

 

 彼らの資金源の半分以上は、行政の補助金や委託金に依存している。しかし、行政のサービスに比較して、その質と多様な支援の種類の幅は多く、行政費の節約の観点からも需要がある。運転資金は、公益的な役割を持った銀行が安い利子で提供している。国が保証人になったり、利子補給制度を設けて、NPOの経済活動を直接的に支えている。

 

 この中間労働市場には、700万人もの雇用が生まれている。日本では、専門性や経験を持った女性が多く存在しているにもかかわらず、職場がない。定年後や大卒生も含めて、労働市場が狭小・萎縮しており、優秀な潜在労働力を活用できていない。

 

 NPOやボランティア団体は、12万団体近くあるのだから、この力や潜在力を強化して、雇用の場として育成したら、平均10人雇用して約120万人もの新たな雇用の場が確実に確保できる。地方の福祉や介護が活性化され、農業にも若者が帰農し、空き店舗を利用した地方発の小さな特徴的なビジネスの創業が期待できる。

 

 企業的な視点で元気のない地方・地域を再評価した場合には、可能性ある「地域資源」が未発見だと思う。「歴史的・文化的・環境的・景観的・農業的・食文化的資源」が、「宝の山」ように埋没・点在していると感ずる。地域の中を違った目線で再発掘し、付加価値をつけて、商品化やマーケティング、ストーリー性の構築などを行い、マネジメントを強化していけば、発展・成長の可能性は無限である。

 

 NPOの「馬鹿らしくてアホらしくて儲からない仕事」の現実から脱却して、「儲かるNPO」「NPOで儲ける」を実現するためには、創業のためのスキルアップや専門性の習得を図る必要がある。現在、グラウンドワーク三島が取り組んでいる「地域社会雇用創造事業」は、まさに、この問題意識に立脚したものであり、今後の研修を通して、NPOの組織・活動の強化とNPOの社会的企業化が拡大することを期待するものである。

 

 NPOが儲け、僅かながらの雇用を確保し、経済活動の沈滞化と停滞化が進む地方の元気を再生して、空き店舗や耕作放棄地の問題を解決していく原動力・推進役に、NPOや市民活動団体が担うことを夢見ている私である。本年中には、私自身の創意工夫の取組みにより、グラウンドワーク三島として、別途会社を創業して、富士山の水やバイオトイレビジネスを含めた新たなる会社を起業化する予定である。ああ、忙しいなあ。

2010/10/18 17:31 ( メイン )
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