新たなる年を迎えて「20周年は通過点の思い」

 平成24年の新年を迎え、また、新たなる営みが始まる。どんな年になっていくのか、今後への不安と期待が交錯する。私も62歳としての齢を重ねることになる。これまでの仕事としては、県庁職員を35年間勤め、大学教授をまる4年間勤めたことになる。

 

 

 しかし、執拗に拘って並行して、やり続けてきたことは、NPO・ボランティア活動である。本当に飽きずに、疲れず、放り出さず、約20年近くにわたって事務局長の役職を続けてこられたものだと自分なりに感心する。その中でも、最も、時間をさいているのが、NPO法人グラウンドワーク三島の活動である。

 

 

 環境悪化が進行した「水の都・三島」の水辺自然再生を目指し、活動の胎動期から数えると、約25年間、グラウンドワーク三島を設立してからは、本年において節目の20周年目になる。現在では、三島市内を中心に約50箇所以上において、具体的な環境改善の実践地区が広がり、地域住民を中心として、市民・行政・企業・専門家・学校・子どもたち・商工業者・農業者・大学など多方面の人々・組織との有機的なつながりが構築されている。

 

 

 グラウンドワーク三島は、まさに、課題解決に関わる多様な利害者・関係者の「調整・仲介役」であり、潜在的で未活用な地域力や市民力を束ねていく、コーディネイターの役割を果たしてきた。街やふるさとに対する愛着心や愛郷心は潜在的には誰もが心に秘めている。しかし、現実社会の中で、どんな場面で、どんな立場で、どんな役割が果たせるのか、具体的な行動をどのように起こせばいいのか、自発的・内発的に考えることは難しい。

 

 

 すなわち、仕事以外での自己表現や社会的役割を発見することは簡単ではないのだ。そこで、この「舞台・場づくり」が、私の社会的な役割と責務だと考えている。具体的には、「人は社会において最も重要な資源だと評価し、仕事以外の社会的な領域において、充分に自分の能力や専門性、街への思い・アイデア・夢などを発揮できる活躍の場づくり、もう一人の自分を最大限に表現できる夢舞台を創ること」と考え懸命に諸活動を続けてきた。

 

 

 グラウンドワーク三島の活動は、環境再生から地域再生、農業再生、コミュニティビジネス、国際交流など、多様な活動のメニュー・プログラムが用意されている。連携する組織も20団体に拡大し、ホタルの保護から水中花・三島梅花藻の増殖、学校ビオトープの建設・河川愛護まで各団体の専門性とパートナーシップの力を生かして、創造的な成果と実績を蓄積してきている。

 

 

 支援していただけるボランティアの数は、500人以上、企業や支援者とのネットワークは1000団体以上にもおよび、どんな困難な取り組みが求められても、臨機応変・迅速・果敢に対応できる足腰の強い組織化ができたと考えている。今回の東日本大震災への支援活動への取り組みも、70回以上の街頭募金、支援物資の提供、多様な支援団体の発掘、約820人の被災児童の受け入れなど、「心のケア」に重点を置いた対応ができたと自負している。

 

 

 多くの人々が連携・協働して、仕事以外の社会的な役割を果たしていけば、今以上に、多様なサービスが生まれ、行政や政治に依存しない、地域独自の自立した社会システムが創造できる。震災の影響もあり、地域固有のコミュニティの再興がより強く求められている中で、グラウンドワーク三島による20年間にわたる社会実験の成果は、多様な人々の知恵と行動を結集したパートナーシップとネットワークの有益性と効率性を実証している。

 

 

 何か新年を迎えての思いが、国づくりへの提案的な大きな話になってしまった。一体、何が、多様な活動を続けようとする、私のモチベーションの「源泉・原動力・推進力」になっているのか。「何のために苦労を続けているのか、妻や家族との大切な時間を犠牲にしてまで、NPO活動を止めようとしないのか」私自身も時々迷うことがある。

 

 

 人は生きていくために仕事をしていかなくてはならない。当然、自分の考え方や意に沿わない仕事でも自分の本音や判断を押し殺して、妥協・対応していかなくてはならないことも多い。さらに時々は、仕事内での理不尽さと自分自身の不甲斐なさに、忸怩たる思いを持ち自己嫌悪に落ち込むことも多々ある。私も、そんな不安定な精神状態に陥ることがよくあった。

 

 

 当然、人は信念や正義の心だけでは、矛盾が渦巻く、現実社会の中では生きていくことは難しいし、生き残っていくことはさらに難しい。私も、この人生の大人社会の「道理・現実」を理解してきたつもりだ。だから、県庁職員としての仕事もそれなりにこなし、用地交渉に苦しんだ空港対策課や市民目線の新たな仕事に挑戦したNPO推進室の仕事も人並み以上に、こなし、生活と家族を支え、守ってきた。

 

 

 しかし、私が、この仕事の領域だけに特化していれば、多分、三島の水辺再生はなかったと思う。いろいろなことを犠牲にして、グラウンドワーク三島の活動に没頭したから、今の成果が残ったのだと勝手に生意気に考えている。当然、私一人で困難や障害を乗りこえられたわけでもなく、多くの方々の支援と協力があってのことである。

 

 

 今年は、グラウンドワーク三島が設立されて20周年を迎える。いままで全力で走ってきたし、創造的・先進的な事業に挑戦してきた。さらに、これから取り組まなければならない困難で意義ある事業(松毛川千年の森づくり事業、境川・清住緑地大湧水公園づくり)などが目白押しだ。確かに、20周年は重要な「節目」の年ではある。しかし、「通過点」にしか過ぎないと考え始めている。今後は、現在までの実績と評価を踏まえ、新たなる事業への挑戦を前提として組織の強化・再編に取り組む。

 

 

 活動の原点への回帰による地域活動の強化、市民会社としての株式会社の創業、人材育成ための学校の創設など、次なるステージに向けて、ワクワク・ドキドキの密度の濃い日々を多くの仲間や支援者とともに過ごしていきたい。

 

 

 いろいろへの戦いと試行錯誤がまだまだ続きそうだ。少しはお酒を控え、2桁の体重を目指し、イメチェンである。

 

2012/1/1 12:00 ( メイン )
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