4月2日 日本経済新聞電子版からの転用です。
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https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28710620Y8A320C1EA8000/
超高層住宅(タワーマンション)が次々に建つ大都市圏。それぞれの街に目をこらすと、局所的な人口急増に対応しきれず、さまざまなひずみが生まれている姿が浮かんでくる。そのひとつが近年急激に開発が進む川崎市の武蔵小杉駅周辺だ。通勤客が駅からあふれ、周辺住民はマンションによる風害や日陰に悩む。その背景にはいったい何があるのか――。
多くのタワーマンションが立つ東急武蔵小杉駅前(川崎市)
■早朝の駅に長蛇の列
2月下旬の早朝。JR横須賀線の武蔵小杉駅新南改札から、駅舎を越えて数十メートルにわたり行列がのびていた。入場待ちの列は駅に隣接するマンションの敷地に及ぶ。横須賀線は上下線とも同じホームを使っており、通勤時間帯には人がすれ違うのもやっとになる。平日の毎朝の光景だ。
「ホームでいつ大きな事故が起こってもおかしくない」。住民の度重なる改善要望もあり、JR東日本横浜支社は朝の通勤時間帯に臨時の改札を設ける工事に着手し、4月下旬に完了する予定だ。ただ、敷地内でホームを拡張する余裕はなく、抜本的な対策には程遠い。
朝の通勤時間帯、JR武蔵小杉駅では改札に入るための行列ができる(川崎市中原区)
子どもを育てる環境も厳しさが増す。保育所に入りたくても入れない「待機児童」の数は2017年4月時点では川崎市全体でゼロだったものの、年度途中の10月は374人にのぼった。武蔵小杉のある中原区が211人で最も多い。今春、第1子を保育所に預けて仕事に復帰する予定の20代の母親は「20カ所以上に申し込んだ」という。
ある認可保育所の園長は「園庭がなく、地域に公園も少ない。近隣の保育所の児童が同じ公園で遊ぶので、いつも混んでいる」と話す。足りないのは保育所だけではなく、市は2019年4月、11年ぶりに小学校を新設する。
武蔵小杉はかつて不二サッシや東京機械製作所などの工場、企業のグラウンドが立ち並ぶ工業地帯だった。それらの跡地がある駅の東側を中心に不動産開発大手が主導し、約10年前から再開発が始まった。武蔵小杉に新しく建った20階建て以上のマンションは11棟にのぼる。中原区の人口は10年前の2008年と比べ15%増の約25万人に増えた。
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■甘かった人口の見通し
川崎市はもともと、武蔵小杉の高層マンションを購入するのは「金銭的に余裕のある世代が中心で、20~30代の若い世代は少ないだろうと考えていた」(市教育委員会)。2015年3月に策定した「川崎市子ども・子育て支援事業計画」では、開発計画が目白押しだったにもかかわらず、2016年度から5歳以下の子どもが減少していくという見通しを立てていた。ところがその見通しは甘く、2017年5月、市は将来人口推計を上方修正した。市内全7区のうち、2025年以降の推計は中原区が最も前回推計との開きが大きくなっている。
JR横須賀線の駅は2010年に新設されたが、現在の1日の利用者数は約25万人に達し、当初見込んでいた約18万人を大きく上回る。隣接する南武線のホーム拡張工事とともに整備費用は億円単位にのぼり、JR東日本横浜支社の担当者は「市にも本当は拠出してほしかった」とこぼす。
こうした行政の読みの甘さに加え、再開発を取り巻く制度の不備もひずみを生む原因になっている。